【シャイン:研究の軌跡】組織心理学のパイオニアとして

シャイン:研究の軌跡, 組織

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 ある組織では当たり前すぎて誰も疑問を持たないような思考や行動の様式が、他の組織では非常に違和感があり、受け入れられないものとして扱われる。シャインはそんな組織ごとに異なる文化の存在に着目して研究を進め、組織文化の創出と維持、そして必要ならば変えていくという新しいリーダーシップ像を提示した。

組織レベルの文化の相違を発見

 キャリアの研究とならびシャインの研究業績として輝いているのが組織文化である。その関心をさかのぼると1950年代、60年代の強制的説得(洗脳)と企業における教化(組織社会化)の研究まで行き着く。当時は組織文化という言葉は使っていなかったが、このテーマはシャインの生涯を貫くライト・モチーフである。
 組織文化に対するシャインの関心が高まった直接的なきっかけは(1)米国以外での教育やコンサルティングの経験、(2)日本的経営の文献、(3)DECとチバガイギーにおけるプロセス・コンサルテーションの対比があげられる。
 なかでも組織ごとに文化が存在することに知的興味が向けられるようになったのは、(3)のDECとチバガイギーの対照的な姿に触れたことが大きい。
 たとえば、DECのオフィスにはドアがないが、チバガイギーは経営幹部が個室のドアのなかにこもりがちだった。DECではあちこちでみんな大声を出して議論しているが、チバガイギーは静かだった。DECでは、MIT教授だからといってシャインの発言が特別扱いされることはなかったが、チバガイギーではシャインが何か話すとそのまま権威ある発言として社内便で流布した。
 それぞれの会社が立地する米国とスイスの間の文化の違いもあるだろうが、プロセス・コンサルタントとして両社を深く知り尽くしたシャインは組織レベルでも文化があると判断し、その研究に打ち込んでいった。
 なお、チバガイギーはスイスを拠点とする製薬会社で、後にサンドと合併して現在はノバルティスになっている。

新しいリーダーシップ像の提示

 その研究成果は1985年に『組織文化とリーダーシップ』にまとめられ、組織文化解読のための3つのレベルが示された。それは(1)文物、(2)価値観、(3)仮定(基本的前提)である。
 第1の文物とは、オフィスのドアの有無といった、目に見えるレベルである。第2の価値観とはドアをなくすことによって目指すこと、つまり文物の元になっているオープンで自由に議論することを大切にする価値観である。第3の仮定とは、DECに10年、20年と勤めていたらもはや当然と思い込み、疑うことがなくなってしまっている発想法や前提、仮説などのかたまりである。
 DECの場合、アイデアの源泉は個人にあるが、個人だけではそのアイデアの良し悪しがわからないのでとことん議論する。ただし、厳しい議論をしてもお互いが相手を尊重する家族のような雰囲気を大切にする、といった仮定を共有していた。
 組織のメンバーが仮定を共有していることは、その仮定が環境条件と適合しているときはプラスに働く。しかし仮定が環境に合わなくなったとき、普段は暗黙的に機能している仮定を解読し、それを変えていく必要がある。その役割を果たすのはリーダーシップである。
 組織文化を創り出し、維持し、必要なら変えていくというところに、シャインはそれまで注目されていなかった新しいリーダーシップ像を提示した。

組織文化研究の発展と展開

 組織文化といっても、一つの組織のなかに一枚岩のように存在するとは限らない。企業全体のカルチャーが存在する一方で、事業分野ごと、あるいは職能や組織階層ごとに異なる下位文化が生まれているであろう。この点を改訂し、1992年に『組織文化とリーダーシップ』の第2版をシャインは出版した。
 また、邦訳されていないが1997年には経済発展の企画を練るシンガポールのEDB(Economic Development Board)という組織のフィールド・リサーチを行い、EDBの組織文化の記述と、シンガポールという国が経済発展に適した文化をどのように創り出していったかをまとめた本を出している。(Strategic Pragmatism: The Culture of Singapore’s Economics Development Board. Cambridge, MA: MIT Press.)
 さらに1999年には『企業文化』(邦訳:エドガー・H・シャイン『企業文化』 金井壽宏監訳、白桃書房)を出版し、そのなかで組織の発展段階ごとにどのような組織文化にまつわる問題が変遷していくかや、M&Aのときにどのような組織文化上の軋轢が生じるかという新たなテーマを取り上げた。
 シャインの自身の研究者としてのキャリアにおいて、組織文化の研究はいったんあきらめかけたテーマで大きな業績を残したという意味がある。MITの就任直後、組織の価値観が個人の態度に与える影響についてシャインは興味を持ったものの、徐々にキャリア研究へシフトしていったのは「組織心理研究の失敗から生まれたキャリア理論」の項で触れた通りである。
 しかし、その関心は深いレベルで持続し、組織文化の研究として開花したのである。

(構成:宮内 健)

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