【著作】『謙虚なコンサルティング』監訳者による序文
思い出してみてほしい。これまでの人生で、相談を受けて相手の役に立つことができたと心から思える経験はあるだろうか。その時あなたはどんな姿勢で相手に向き合い、どんな言葉を投げかけただろうか。
私自身はどうかといえば、これは本当に相手のためになったと思えるエピソードが、確かに一つや二つはすぐに頭に浮かぶ。だが同時に、役に立ちたいと強く思っていたのに、結果として何も生みだすことができなかった苦い思い出も、多く思い起こされる。
うまくいった時とうまくいかなかった時の違いは、はたして何だったのだろうか。相談相手も状況もそれぞれ異なる中で、これだけはおさえるべき原則、というようなものはあるのだろうか。
会議室や職場、食事の席、あるいは電話やメールを通じて、私たちは日々相談を受けている。クライアントからの相談、上司や部下や同僚からの相談、旧友からの思いがけない相談。誤解を恐れずいえば、仕事の多くは「相談」から始まっている。
誰かに相談されたとき、どうすれば相手の役に立つことができるだろうか?
人生やビジネスにおけるこの重大な問いに答えるのが、本書である。
著者のエドガー・H・シャイン先生は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉教授であり、組織心理学と組織開発の第一人者である。コンサルティングの世界の常識を覆した「プロセス・コンサルテーション」や、世界中の人々の職業観に多大な影響を与え続けている「キャリア・アンカー」などのコンセプトを次々に生み出し、経営学の世界ではもはや伝説的な存在だ。
シャイン先生は、日本でいう米寿を迎えた今もなお、意欲的に研究や教育やコンサルティングをされている。そして今回、新たに私たちに提供してくれたコンセプトが、「謙虚なコンサルティング」である。私は、かつてシャイン先生のもとで学び、以来三〇年以上にわたって親しくさせていただいており、そのご縁から、『人を助けるとはどういうことか』、『問いかける技術』に続いて、本書の監訳を引き受けさせていただいた。
大学の助手になる前のこと、ある戦略コンサルティング会社の採用面接でこう言われたことをいまだに覚えている。「金井さん、ここでコンサルタントをやると、クライアントから嫌われますが、それでもいいですか」。当時はよく意味がわかっていなかったが、こう考えると合点がいく。駆け出しの若手コンサルタントが、社長や経営企画室長に対して「はい、これが答えです」と彼らには解けなかった問題の「解」を提供する。コンサルタントは先生と拝まれ、クライアントよりも「一段高い位置にいる(one up)」ように錯覚し、一歩間違えれば横柄になり、そして、考えるまでが仕事であって実行の責任は持たない。
こうした内容そのものを提供するコンサルティングとは異なる、新機軸を打ち出したのがシャイン先生だ。クライアント自身が、納得感のある解を自ら探っていけるよう支援することが最も大切であると説き、このプロセス・コンサルテーションという概念は、コンサルタントにとって新しい常識となった。そして、この考え方を実践するための姿勢や哲学こそが、「謙虚なコンサルティング」なのである。
本書の原題は、Humble Consulting: How to Provide Real Help Faster であり、「謙虚なコンサルティング」の特徴は、副題の「本当の支援を速やかに行う方法」に表れている。
「本当の支援を速やかに行う」とはどういうことか。本文のなかで、シャイン先生はこう説明している。
コンサルタント(自分)の手助けによって、クライアント(相手)が、
(1)問題の複雑さと厄介さを理解し、
(2)その場しのぎの対応や反射的な行動をやめて、
(3)本当の現実に対処すること
が、本当の支援なのである。
注目すべきは、主語が「クライアント」である点だ。
コンサルタントは自分で答えを出すのではなく、クライアントが自ら道を見出せるよう支援しなければならない――いまでは多くの読者がこの重要性を認めており、改めて注目するほどのことではないと思われるかもしれない。だが、実現するのは容易ではなく、つい介入してしまったり答えを押し付けてしまったり、あるいは自分の考えを受け入れようとしない相手の態度を不満に思ったりしてしまう。コンサルティングや支援の場において、折に触れて立ち返るべき視点だと言えるだろう。
さらに、今日の組織が直面している問題は、複雑かつ多様かつ不確実だ。ハーバード・ケネディスクールのロナルド・A・ハイフェッツ教授は、解決に必要な知識や技術が自明でない問題を「適応を要する課題」と呼んだ。解き方がすでにわかっている「技術的な課題」であれば専門家や熟練者が問題解決に導くことができる。だが「適応を要する課題」に取り組むためには、クライアント自身が学習し続けて、ものの見方、世界のとらえ方を変えていく(適応していく)必要があるとハイフェッツ教授は言う。
つまり、今日の組織が直面している「適応を要する課題」においては、コンサルタントをはじめとする外部者がいくら組織を「診断」したところで、問題の本質をつかむのはきわめて困難だということだ。さらには、仮に外部者から優れた解決策が提案されたとしても、内部者(クライアント)は問題を見て見ぬふりしたり、拒絶したりすることが往々にしてある。だから、「クライアント」が主語となり、前述の(1)から(3)を自ら実行する必要があるのである。
自分が手助けすることによって、相手が「気づく」ことに集中する――これが、シャイン流コンサルティング最大の特徴といえよう。コンサルタントや支援者の「問いかけ」や「聴く姿勢」によって、クライアントは自分自身にとって本当に気がかりなことや、これまで目を背けていた大切なことに気づく――この一点に集中することが、「本当の支援」だとシャイン先生は考える。
そして、「なるほど」「そういうことか」といった気づきがクライアントにもたらされることによって、クライアントが打つべき「次の一手」もおのずと明らかになる。だから、「本当の支援は速やかに行う」ことができるのである。本当の支援というと、じっくり時間をかけて行うべきことのように感じられるかもしれないが、本書に登場するシャイン先生ご自身の豊富な事例を見ていくと、驚くべきことに、本当の支援は速やかに行われていることがわかる。なかでも、CASE1のコンサルティングは圧巻だ。
「それであなたはどうしましたか」
この一言で、クライアントであるCEOとCOOは、いま自分たちが本当にやるべきことに気づき、当初の考えとは全く異なる、より実効性の高い「次の一手」を見出すことができた。詳しくは本文に譲るが、この場面でシャイン先生が「それであなたはどうしましたか」と問いかけたのは偶然ではなく、確かな理由があり、「本当の支援を速やかに行う」ためには原則があるのだ。
企業には、社是・社訓・理念というような基盤が必要だが、他方で、組織や組織の文化を効果的に、しなやかに変えていくような技法も必要である。シャイン先生が開発したプロセス・コンサルテーションや、今回の「謙虚なコンサルティング」は、そのための手法として有効であり続けるだろう。
クライアントの役に立ちたいと願うコンサルタントの方々はもちろん、部下や同僚の力になりたいマネジャーやリーダーにとっても、本書は必携の一冊といえるだろう。さらに、職場や会議室に限らず、学校のクラブやサークル、そして親子の対話の場にも十分に活用できる。本書で紹介されている謙虚な問いかけや聴き方を、ぜひ仕事や生活のいろいろな場面で実践していただきたい。
金井 壽宏(かない としひろ)
1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科教授。1978年京都大学教育学部卒業、1980年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、1989年マサチューセッツ工科大学でPh.D.、1992年神戸大学で博士(経営学)を取得。モティベーション、リーダーシップ、キャリアなど、働く人の生涯にわたる発達や、組織における人間行動の心理学的・社会学的側面を研究している。最近はクリニカルアプローチによる組織変革や組織開発の実践的研究も行っている。『変革型ミドルの探求』(白桃書房)、『ニューウェーブ・マネジメント』(創元社)、『経営組織』(日経文庫)、『働くひとのためのキャリア・ デザイン』(PHP新書)、『リーダーシップ入門』(日経文庫)など著書多数。